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zoom RSS 鈴鹿サーキット・日本GP回顧(第1回)

<<   作成日時 : 2006/09/22 18:13   >>

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鈴鹿サーキットでのF1開催も今年で1区切り、来年からは富士スピードウェイでの日本GP開催が決定しています。そこで、過去20年間(まだ19年ですが)の鈴鹿でのF1について振り返ってみることにしました。まずは、1987年から1991年までの5年間について私なりの印象を書いてみます。この5年間は、セナ・プロ対決で盛り上がったF1界であったのではと思います。
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1987年は、G.ベルがーのフェラーリが「跳ね馬」復活の優勝をあげた年でした。この年は、ウィリアムズのピケ・マンセルのチャンピオン争いが鈴鹿まで持ち込まれましたが、予選でマンセルがクラッシュし、ピケのチャンピオンが決定という、レースの前に最大の興味が薄れてしまった日本GPでした。
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1988年、セナ・プロストの2人が駆るマクラーレンMP4/4が席巻したシーズンでした。レースはスタートでセナが出遅れるハプニング、その後小雨が降り、その雨の中怒涛の追い上げをしたセナが優勝し、初のワールドチャンピオンを決定したレースでした。セナにとっては神を見た初めてのレースではなかったのでしょうか。
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1989年、因縁のレースです。残り数周のシケインで2台がからむ事故、その後セナはピットインしてノーズ交換、逃げるナニーニを追い上げ、トップでチェッカーを受けましたが、シケイン不通過で失格となり、チャンピオンはプロストの元に転がり込んだ後味の悪い最初の日本GPとして記憶に残っています。
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そして1990年、再び事故は繰り返しました。今後はスタート直後の1コーナー、セナが強引にインを強襲しプロストと絡むかたちになり、両者リタイア。この結果今回は、セナが2度目のチャンピオンに輝きます。レースはピケ&モレノのベネトンコンビが1位、2位となり、鈴木亜久里が日本人初の表彰台をゲットした、これも記憶に残るレースです。
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1991年、この年はセナ、マンセルのチャンピオン争いが注目されましたが、マンセルは1コーナーでコースアウトしあえなくリタイア、その段階でセナのチャンピオンは決定しました。セナのリードでレースは最終周になりましたが、なんとシケインを抜けたところで、ベルガーがトップにたちチェッカーフラッグ。なんともキツネにつままれたような結末でした。

このように5年間を振り返ると、毎年違うドラマがあった鈴鹿での日本GPであったような気がします。第2回は、1992年からの5年間について書いてみます。

写真は http://f1-facts.com/ から

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